売上アップを目指す企業や個人事業主のために、自社の課題を整理して特徴や独自性を見つけ出し、強いブランドを構築します。マーケティング、商品開発、商品計画などについてコーチング・コンサルティングするブランド構築プロデューサーです。

道のり

私は「バイヤー」という言葉など全く知らずに就活していました。そして単純にファッション関係の仕事がしたいと思い、(株)西友に入社したのです。婦人服売場で3年間販売をした後、本部バイヤーを命じられました。

ところが、いざ200店舗全店を対象にする立場になってみると、とまどう事ばかり。まず店舗とは桁が違う数値資料(0の数が多い!)が読みこなせない。売上が行かない時に全店を相手に机の前でどうしていいかわからない。「接客が1番!」の販売職とは仕事の内容ががらっと変わってしまいました。

当時はバイヤー研修などなくて、自分で工夫しながら学んで行くしかありませんでした。POSレジも大型店にしか無い時代、1人1台のパソコンも無い時代、そんな中で値札を集計して売上動向を分析したり・・・・半期政策の資料を電卓で全て計算して作っていたなんて今からは信じられない手作業の連続でした。

でも、1番辛かったのは「新人女性差別」。 取引先に商談に行くと「1人で来られたのですか?」と言われ、女の子扱いされます。

また、地区担当たちからは「この商品が売れるかどうかわからない」と、仕入れた商品を否定され、全店で1型わずか5店舗30枚しか承認されなかったこともありました。

何百枚と仕入れた商品がたった30枚しかお店に入れられない・・真っ青になって涙がこみ上げてきましたが、泣くわけにいきません。

休憩をとってトイレに駆け込み、1人で泣きました。

「絶対売れます!」と言い切って必死の説明で承認してもらったけれど、無力感いっぱいでした。 実績が無いと取引先からも社内からも信頼されない事を痛感しました。

売れるためには何でもする!と覚悟した私は店舗へ猛烈な働きかけを始めました。

毎週手作りの商品情報を配布して、土日はお店回り。 売場に着いたら、まずは乱雑に並んでいる商品を自分で整理したり並べ替えたりして仕事をスタート。 それからコーディネートやディスプレイの指導。課長だけでなく実際の販売者であるパートさん1人1人とも話をしました。 最終的にはパートさんたちが1番の応援者になってくれ、3年後には「松原バイヤーの担当商品だと予算が楽に行けて嬉しい」と言われるまでになりました。

売上を上げて行くと、もう誰からも理不尽な事は言われなくなるし、自分の主張を通す事もできます。自分の存在を認めてもらうと自信もどんどんついてきました。

しかし会社の業績悪化で退社を決意。退社の挨拶回りで、長いお付き合いの取引先から「この人は女だからとナメていたら痛い目に合うと感じた」とか「目がギラギラしていた」とか言っていただいたのは褒め言葉だったと思っています。

そして新聞の求人広告でディズニーストアに応募。「私は対象年齢より上ですが年齢は関係ないと思います。まずは私を見てください」と書き添えました。 採用されたディズニーストアは徹底した分業体制でした。仕入れにはまず数値予測が必要で、プランニングというチームがありました。データを駆使して数値管理を専門にし、バイヤーとコンビで計画を立てるチームです。

入社直後、私は売れると思った商品でプランナーに逆らい仕入れ数量を自分が決めて、見事に在庫を残してしまった事がありました。自分の勘が当たらなかったのです。

自信を持っていただけに打ちのめされました。勘や経験や思い込みではなく、データ分析が重要だと改めて思い知らされたのです。

その時から、私はデータを詳細に読み込むようになり、だんだん面白くなって来ました。いろんな視点で問いを自分で作り、その答えを得るためにプランナーに複数の切り口で分析してもらいました。そして、四半期ごとの役員プレゼンでは、他バイヤーには無い独自の資料を作成して発表するまでになりました。バイヤーとしてのセンスと正確な数値分析、この両輪が重要だと実感した次第です。

その結果、ヒット商品をどんどん産み出し予算達成して行きました。
その代表的なヒット商品が1日で7500万円の売上を作ったミッキーBaby-Gです。

ディズニーストアを退社する時には取引先から「松原さんは厳しかったけれどお蔭で自分たちも勉強ができました」と言われました。取引先と運命共同体でより良い商品開発を目指して妥協しなかった事がお互いの成長につながったと信じています。

しかし、これまでの会社員人生、全てが順風満帆だったわけでもなく、上司との関係がうまく行かなかった事もありました。
トップに意見をして「これ以上言ったら首がないぞ」と言われた事もあります。配置換えされた事もあります。

でも、仕事をしていれば思い通りに進まない事はたくさんあります。
自分の言動も配慮に欠けていた、知恵が足りなかったという反省もあります。「関係者を巻き込みながら目指す方向に行くにはどう行動すべきか」を学びました。

そして、最後に勤めたUSJでは、自分がバイヤーたちの上司となりました。管理職として現場を見ると、自分が悪戦苦闘した頃から何十年たっても大きな変化はないと改めて実感したものです。手をかける事は限りなくあります。そして本気でエネルギーを注げば注ぐほど成果が出る、この基本は絶対に変わりありません。

私はバイヤーの道のりをただひたすら「お客様に喜んでもらえる商品を売り場に!」という想いで駆け抜けてきました。

しかし大きな石が道をふさぐたび、トイレで何度も泣きました。仕事中に泣き出すなんて、ましてや人前で泣くなんて社会人として失格です。だからいつもトイレに駆け込みました。

でもその代り、取引先や店舗の皆さんの協力もいただきながら、他では味わえない喜びや楽しさもたくさん経験できました。

世の中には多くのコンサルタントやコーチが「バイヤーとは」「商品開発とは」について語っています。しかし、実際に店舗からスタートし小売業の様々な仕事を一筋に経験されてきた方はほとんどいません。

「ましてやトイレで泣きながら強くなってきた現場たたき上げの女性プロデューサーは私しかいないのではないでしょうか?」

私は自分の失敗も成功も全ての経験を教科書にして「今を一生懸命もがいている」バイヤーたちを応援したい!バイヤーだけでなく、品揃えに責任を持つ全ての人、店長やメーカーの企画担当者の皆さんも応援したい。

予算達成の成功体験を誰よりも早く味わってもらい、自分に自信を持ってもらいたい。

お客様を笑顔にする喜びを実感して欲しい。

そうすればもうトイレで泣く事もありません。自分に自信が持てれば溌剌とした魅力が備わり前向きに全てがうまく行くスパイラルができます。

皆さんがハッピーになるお手伝いをします。人生をプラスのスパイラルにしましょう!


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